東京のホテル代はここのところうなぎ登りで、毎回ネットをウロウロして頭を悩ませています。
先週金曜の宿泊場所を探していたところ、四谷のしんみち通りにあるホテルニューショーヘイという宿に行き当たりました。
名前はちょっと不安でしたが(笑)、とにかくその住所に惹かれたのです。
数年前、高3生に現代文を教えていたことがあります。国語の教免は持っているものの、専門とは言えず、ドキドキの授業でしたが、そこで触れた文章はどれも美しく、今も鮮やかに心に残っているものが多くあります。
その中に井上ひさしの「ナイン」という短編小説がありました。
四谷新道通商店街の育成会的チームである新道少年野球団の話です。
野球というスポーツはポジションや打順である程度キャラクター設定ができますが、それを上手く生かしながら、メンバーの成長と時代感、友情などを、温かく書いた素敵な小説です。都会的でありながら下町的、人情的なこの話に「四谷新道通」という設定はものすごく大事な役割を果たしていると私は感じていました。
しかも、かつて東京で働いていた頃、最大顧客が四谷にあったため、私は週に2,3度四谷に足を運んでいたという思い出の地でもありました。
なので、このしんみち通りにあるホテルニューショーヘイに泊まろう!と決めるのに時間はかかりませんでした。ああ、あの小説に出ていた誰かの息子が経営してるかもしれない!とワクワクしたのです。
3時半頃、アポの合間の時間に、早めのチェックインをしようと私は四谷に降り立ちました。そしてビルの谷間に小さく掲げられた「しんみち通り」を目指しました。
そこは、一部の隙もなく、メキシコ、タイ、中華など多国籍なお店が並ぶ見事な「飲み屋さん街」でした。
小説にあった豆腐屋も文具屋も洗濯屋もガラス店ももちろんありません。
いや、すでに小説の中で、昔の風情はなくなったこと、地価が上がり次々と郊外に家を建てて出て行っていることは書かれてあるのです。
あたりまえなんです。
それでも通りの入り口の看板にかすかに残るかつての「普通の商店街」っぽさに私は「来てよかった」と嬉しさがこみ上げてきました。
あの小説を読んだ時、すでにこうなることはわかっていたような気がします。
小説を読みながら、私は自分の子どもの頃と同じ光景はもうどこにも残ってないのだ、だから記憶は美しいのだということを確認したのだと思います。
それでも故郷に降り立った時、必ず何か込み上げるものを感じるのは何故なんだろう、と「懐かしさ」という感情について考えたのです。
そして、ここ四谷で、しんみち通りに立って、やはり同じ感覚を覚えました。
全てが変わってしまったように見えても、隠しようもなく変わらない地形や風や夕陽の色が、どこかで人の心を動かすのではないでしょうか。
自然の、地理の力を感じたのです。
宿はリノベーションされ、綺麗かつ機能的でとても快適でした。
またいつか、機会があれば泊まるつもりです。
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