オリンピック・ボランティアにだけ「高い意識」を求めるの?

オリンピック
県営あづま球場

「安心安全」を言うなら、

それを「バブル作戦」で成し遂げようとするなら、

バブルを出入りせざるを得ないボランティアに接種を行うことは当然ではないでしょうか?

それなのに、先日(6/26)組織委からメールで届いた案内に沿って予約を進めたら、

「会場は東京・築地のみ」だったので諦めました。

福島も競技会場ですよ。そこで活動するボランティアにはちゃんと接種すべきじゃないですか?

それを17,000円の交通費をかけて、感染が拡大している東京へ出かけて打たなくてはならないのですか?

・・・というようなことをfacebookに投稿したら、いろんな声や情報が集まりました。

「公平に打てるようになったことにまずはありがとうというべきじゃないですか」との声もボランティア仲間からありました。

ボランティアは奴隷でもなければ、アルバイトでもありません。

(逆に時給1700円だかでアルバイトになれば、パソナ枠で打てるのかもしれませんが。)

ボランティアは自らの時間や労力を社会のために使おうという活動です。

この活動に「尊厳」を感じるからこそやれるのです。

でも、今回の大会について、主催者側は「このコロナ禍の中で、誰のために、何のためにやるのか」を説明していません。尊厳の持ちようがないのです。

主催者は、運営にボランティアを活用するなら、もっと丁寧に、寄り添ってください。もしその余裕がないのなら、ボランティアではなく「仕事」に変えて、強い責任感を要求するしかないと思います。ボランティア個人に「高い意識」を求めるには、主催者側があまりに「オリンピックの意義」を軽視しているのではないですか?

福島会場でボランティア活動をする人には、ちゃんと福島でワクチンが打てる機会を作ってください。

それが最低限の「バブル式運営」のリスク回避です。

ゴネればなんとか福島で接種できるよ!という貴重な情報もいただきました。

情報提供には感謝しています。

でも、このいいかげんなやり方には、呆れます。

そんな主催者を、自らの労力と時間を使って助けるのは嫌だと思う人がいるのは当然です。

近所の目も、親戚の目も、心地よくはありません。

結果として、ボランティアの中での「分断」が生まれているなら、それは本当に悲しいことです。

でも、中に入らないと見えないこともあるので、立場上、私はちゃんとやるつもりです。

粛々と。

きちんと報告もしたいと思います。

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