コロナウイルスの日々③~オリンピック延期について聞かれるけど

コロナウイルス
遠くに吾妻小富士。福島の春。

オリンピックの延期が発表されて以来、いや、その噂が出たころから、ルーターズ事務局には取材の電話が何本も(おそらく10本くらいは)かかってきています。

マスコミにありがちだけど、すでにシナリオはできてて、そこに合うコメントを取りたい、という安易なものが3分の2。(残り3分の1は深い内容を取材しようという気概を感じ、頼もしく思います!)

「オリンピックをものすごく楽しみにしていて、それが延期になってがっかりしているボランティア」コメントを欲しがっているのがよくわかります。

いやいや、それは甘いなぁ~!

ボランティアといったって、いろんな考えの人がいるわけで、その多様性は想像以上だと思いますよ!

ボランティア一般について語るつもりはないけど、

ルーターズの会員さんのイメージで言えば、

「スポーツボランティア(オリンピックのボランティア)を何が何でもやりたい!」

という人よりも、

「自分にできた余裕ある時間や労力を、楽しみながら、社会やスポーツのために提供できたら」

という感覚の人の方がずっと多いと思います。

そういう人にとって、現在のコロナウイルス禍の世の中において、

「オリンピックでボランティアやりたい!」「聖火リレー走りたい」「どうしても聖火が見たい」

などという感覚は基本的に「ない」と思います。

社会が安定し、人々の心に余裕があってこそ、スポーツや観光が成り立つのです。

だから今、スポーツイベントが延期になったからといって、それをボランティアがことさらに嘆くなどということはありません。

「ボランティア」は職業でなく、社会的な活動に労力を割くことができ、そこに喜びを感じることができる人たちにすぎません。

今、私たちスポーツボランティア愛好家は、何よりもコロナウイルスが終息し、社会が落ち着きを取り戻し、経済が安定し、スポーツや芸術、観光を楽しめる世の中が戻ってくることを静かに祈っています。

このウイルス禍がおさまらないうちに、声高にオリンピックのことを言うのは違和感でしかありません。

ボランティアはお金で動くのではなく、気持ちで動きます。

だから、オリンピックがあろうがなかろうが、「困る」ことはないのです。「損」も「得」もしません。

良い形でオリンピックがあるならば、そしてその時自分の気持ちと時間と体調がその活動に見合う状態にあるならば、ぜひ参加し、楽しみたい!と思っているにすぎません。

何よりも、早くコロナウイルス禍が終息することを祈っています。

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