復興五輪はどこへいった?

オリンピック

今更?と言われそうだけど、

東京2020って、「復興五輪」を大PRして招致しましたよね。

東日本大震災という未曾有の災害、そして原発事故からの「復興」を世界へ伝える機会としての五輪です。

特に福島では原発事故の影響が長引いており、

(安倍首相の「アンダーコントロール」には呆れましたが、)

風評被害払拭の機会として大きな期待がありました。

オリンピックは紛れもなく「世界最大のイベント」です。

海外からやってくる選手、スタッフ、マスコミ、そして観客、彼らがどう「福島」を感じ、発信してくれるのか、そのために私たち福島の人間は何をすることができるのか、開催が決まった時は本当にワクワクしました。

しかし、その喜びはどんどん諦めに変わりました。

私たち一般人が、このオリンピックという機会を利用して、何かをするなどということは、ほぼ「無理」でした。

いわゆるアンブッシュ、「スポンサーファースト」のせいです。五輪を想起させる言葉や機会を使えるのは「スポンサーのみ」という巨大な壁が立ちはだかりました。

聖火リレーの出発地だとか、野球・ソフトボールの試合開催だとか、「上から与えられる」機会を待つしかありません。しかもそれを動かすのは地元の会社ではなく、「スポンサー」企業です。世界一のイベントですからね〜、そんなもんですよ!少しずつ諦めが増しました。

それでも!

この機会に「福島の人は笑顔で生きているよ!」という、福島県人にとって一番伝えたいメッセージが世界中に伝われば!と大きな期待がありました。

ボランティア活動を通して、笑顔をいっぱい咲かせよう!

県営あづま球場でのフィールドキャスト、福島駅などでのシティキャストとしてたくさんの福島県人が笑顔を咲かせるはずでした。

でも残念ながら、世界中で新型コロナウイルス感染が拡がり、東京2020は延期となり、

首相の口から出るのは「コロナに打ち勝った五輪」になってしまいました。

実際、コロナ禍の今、五輪が開催されるのかどうかすら不明なので、復興五輪のことなんて忘れられても致し方ないのかもしれません。

ただ、私はこういう状況で、オリンピックの矛盾というか正体というものが見え隠れし始めたことは、よかったとも思っています。

本来のオリンピック精神にもう一度戻って、何のために、誰のためにオリンピックをするのか、考える大事な機会になったはずです。

私たちは、復興五輪が忘れられようとも、今後も続く福島の「復興」をきちんと前向きに頑張っていくのみです!

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