文明は「砂漠に川」で生まれる

地理

今年度は、地理Bと世界史Bという2つの科目を教えることになりました。

2科目教えるのは、予習などの点で、大変なことではありますが、

自分にとって勉強にもなるし、科目相互の情報量が増え、授業に深みが出る(と信じてがんばるしかない、と自分に言い聞かせています)気がします。

世界史では、まず「メソポタミア文明」続いて「エジプト文明」を学習します。

(これ、私たちが習った時代は順番が逆だった気がしませんか?)

どちらも(四大文明すべて)、乾燥した砂漠のような気候の地に、源流を遠方に持つ大河(外来河川といいます)が流れているという特徴があります。

砂漠は、水に対する不安が絶えずある土地です。

しかし、そこに川が流れていれば、それは爽やかで、大変快適な生活地となります。

特に定住を始めた人間にとって、地質と日光に恵まれた土地に、水があれば、最高の農作地が手に入るというものです。

農業はこうした地域で発展しました。

農業は「長い時間我慢する」すなわち「ずっと先の結果を想像し、目先の利益に左右されない」というとても人間的な知恵を要するものです。これこそが文明の始まりですね。

古代エジプトの人々は、ある季節になると決まっておこる洪水を「困るものだが、これによって土地がより豊かになる」と考えていました。

ナイル川は源流をサバナ地帯に持つため、雨季と乾季では流量が大きく異なります。

そのため、「いつ水量が増えるのか」を知りたいという欲求が生まれ、学問が進みます。

太陽暦はこうした中から生まれました。それは今でも使えるほどの正確さであったということです。

砂漠は「何もしなければ、乾燥で死んでしまう」ほどの厳しい環境です。

だからこそ、そこに生きる人間は、自然事象を予測し、研究し、生活に生かしました。

まさに文明とは、そのような厳しい環境にこそ生まれるのでしょう。

私は、砂漠が大好きです。

砂漠で暮らす民に憧れます。(かつてサハラをヒッチハイクで縦断しました)

たぶんそこが好きなのは、「人口密度の異常な低さ」に惹かれるのだと思います。

それは「暮らしにくい」ことの裏返しですが、それをあえて選んでいる民に憧れるのです。

文明を生み出し、しかし、必要以上の便利さや楽さに流されない、

それよりも自然とともに暮らし、誰からも束縛されない自由を愛す砂漠の民に心惹かれるのです。

さあ!今日も2教科、楽しんでいきまーす!

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