時代の最先端

スポーツボランティア

日本スポーツ協会のスポーツボランティア支援戦略に関する会議に参加するため、日帰りで東京に行ってきた。

神宮外苑には新国立競技場も姿を現し、オリンピックムードが溢れている。日本スポーツ協会も昨年までとは打って変わり、「最先端」のオシャレなビルに入っていた。

日本のスポーツを統括する大団体においても、「スポーツボランティア」はもう無視することのできない存在になっているのだ。

ボランティアというと、「ちょっと苦手」と感じる人は案外多いと思う。

私もルーターズに関わるまでは、どっちかというとそっち、だった。

偽善的とか、胡散臭いとか、面倒とか、自分勝手とか、ダサいとか、

まあ、「無償性」=「お金が儲からない活動」=「金にならない程度の活動」

という図式は、ある面では正しく痛いところを突いている、とも言える。

ただ、ボランティアはそう一面的に片づけられない深さのある活動でもある、ということに今や多くの人が気が付きつつある!

「お金でカタが付く社会」の、「効率的でスマートな」ことを良しとする価値観からすると、ボランティアは「面倒くさくて野暮ったい」かもしれない。

でも、社会は多様な人からできている!

そんなにかっこいい人ばかりじゃないのだ!

いや、「かっこいい人」の基準すら、変わりつつあるのだ。いまやゲイだとかLGBTだなんて、隠す要素ではなくなっている!

ボランティアという、資本主義的「理」にかなっていない「無償で、自発的で、社会的な」活動は、

ある意味「今の時代にはあってないかもしれない」けれど、次に来るビジネスのヒントをたくさん内包している「時代の最先端」ではないだろうか。

実際、「一声かければ得られる、無償の良質な労力!」を持つルーターズの力は、すごい!と思う。

しかも「楽しくて」「社会の役に立つ!」

ここにもっと大きな「社会的尊敬」が加われば、ボランティアの価値は一気にハネ上がるかもしれない。「激変」の可能性をおおいに含んでいると思う!

とはいえ、今ボランティアを心から楽しんでいる人たちは、そんな小面倒な理屈は気にもしてないだろう!

そう、この活動は、「金にもならない」からこそ、誰でも出来て、やりがいがあって、楽しいのだ。

理屈なんかこね回してたら、ルーターズの皆に、「いいから、混ざれ~!」って制止されそうだな。(;’∀’)

東京から新幹線で1時間半、そんなことをウトウト考えながら、福島に帰り着いた。

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