超違和感 〜オリンピック・ボランティア

オリンピック

先日オリンピックのボランティア・リーダー講習をオンラインで受けました。

私は、JSVN(日本スポーツボランティアネットワーク)の講師やラグビーW杯のリーダー研修、東京2020のボランティア共通研修講師もさせてもらってきたので、今回の研修の講師陣もよく知っていました。真面目で、熱心で、本当に素晴らしい、信頼できる人たちです。

でも、今回の研修はがっかりしました。映像が繋がらないなどトラブルが続き、2時間の予定が時間通りに終わらず、予定のあった私は最後まで参加することができませんでした。内容的にも、すでにe-learningで学んでいた内容と同じことが多く、資料はコロナ前のものを使いまわし、感染症対策もごくごく一般的な印象でした。

コロナ前の共通研修などでは、コンテンツがしっかり作り込まれ、講師研修も丁寧になされ、ボランティア事業に関わる全ての人々の熱い気持ちを感じることができました。それだけに、昨日の研修の「やっつけ仕事」感が残念でした。

でもこれは、仕方ない、当然の結果だと思います。

このコロナ禍、おそらく全てが日程通りに進められない中で、オリンピックがあるのかどうか疑念や不安を持ちながら事業を進めていくのは本当に大変なことだと推察します。

お疲れ様です。ありがとうございます。心からそう思います。

オリンピックは何のために、誰のために、やるのでしょうか。

本当にやるべきなのでしょうか。できるのでしょうか。

運営を支えるボランティアは約11万人。コロナ前に提出した活動希望期間などをもとに、早朝から深夜まで、相当ハードなシフトが最近各自に届いています。「承諾するならユニフォームとアクレディテーションパスを渡す」そうです。なかなか強引で、上から感が否めないという声が聞こえてきます。でももう時間がないので、そうするしかないのでしょう。

感染症対策として支給されるのは、洗えるマスク2枚と携帯用消毒ジェル1本だそうです。各国から集まる選手、スタッフ、マスコミ等の一番近くで活動するボランティアにはワクチンどころかPCR検査の話も出てきません。本当に大丈夫なんでしょうか。

もっと心配なこともあります。

コロナ禍による自粛要請が続く中で、国民にはストレスが溜まっています。こんな中でオリンピックをやるなんて!と思っている人が大多数でしょう。この状況において、「無償で」「献身的に」「笑顔いっぱいで」大会に協力するボランティアってどう見えるのでしょうか。

結果的にIOCや組織委、政府の「協力者」になってしまいませんか?

私は以前からこのブログでも書いていますが、オリンピック、特にIOCという利権お化けを感じて以来、そこでのボランティア活動の熱は冷めています。

それでも活動を辞退しないのは、「私が辞退してもIOCは痛くも痒くもない」からです。福島のため、復興五輪のためには、役に立ちたい気持ちがあります。もちろん「興味がある」「関わりたい」気持ちもまだ残っています。

でも今、ものすごく迷っています。

感染が拡大し続け、非常事態宣言も出ている今、国や自治体が「国民に行動自粛をお願い」しながら、一方で「オリンピックはやる」はどう考えても「矛盾」そのものですよね!

違和感が溜まりまくりです。

先日、織田記念陸上大会をテレビ観戦しました。

男子110mハードルで大幅更新の日本新記録を叩き出した金井大旺選手、ものすごくかっこよかったです。歯科医になるために、東京五輪を最後に引退を決めていて、この1回のためだからハードな練習に集中して取り組めているとのこと。オリンピックの力ってすごいな〜と思いました。もしオリンピックがなくなったら、彼はどうなるのだろう・・・。ぜひ出させてあげたい!と心から思いました。

もちろん選手の皆さんのことを考えれば、オリンピックをやれる方が良いに決まっています。

やれば必ず盛り上がると思います。

でも、今の世界の状況を考えれば、オリンピックはリスクが高すぎます。

それなのに、いつまでも開催を言い続ける政府や組織委は滑稽です。国民は完全にしらけているし、政府への信頼はなくなってきています。

今、オリンピックをやることが本当に日本のために、日本人のためになりますか?

本気で考えなければならないと思います。

そして!

ボランティアは絶対に「周りが見えなくなっている変な人たち」になってはならないと思っています。

それはスポーツボランティア文化が日本に根付くことを明らかに阻害します。

ボランティアは、社会的活動です。社会から感覚が乖離してはならないと思います。無償だからこそ、その活動の必要性を見誤ってはいけない、きちんと判断しなければならないと感じます。

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