Sportsの力(CARPと駒苫)~復興五輪でボランティア後夜祭を③

ボランティア後夜祭

1975年、戦争が終わってから30年が経った年の秋、ついにあの広島カープが初優勝した!

小学6年生だった私たちは、デーゲームの中継を見るため、午後の授業は取りやめとなり、机も椅子も教室の後ろへ送り、床に座って教室の小さなテレビ画面を全員で注視していた。

その年のカープは、それまでの紺色の帽子から真っ赤な帽子へと変わり、外国人監督が指揮を執り(シーズン途中で古場監督に代わっていただけど)、春先から鮮烈な印象を残していた。

優勝が決まった瞬間、私たちは男子も女子も全員飛び上がり、「やったー!」「わーい!」と大騒ぎの興奮状態。

その時ふと担任の男の先生を見ると、涙をぼろぼろこぼして、男泣きしている!

「え?なんで?」

私は、大人の男が人前で泣く姿をその時初めてみた。

その瞬間、広島の大人たちが経験してきたこれまでの歴史と、

スポーツの持つ力に撃ち抜かれたような気持になった。

「私たちだって、やればできる!」

そんな奇妙なプライドが心の中に満ちていた。

私たちは原爆の落ちた日のことは知らない。そのことで何かを感じたり、傷ついたりしたこともない。それでもそこにある広島の空気は、まだまだそれを引きずっていた。

「○○さんが死んだらしいなぁ。あの人は被爆者じゃけぇねぇ、まだ若いのに気の毒じゃねぇ」

そんな話はそこここにあった。

その時代を一気に切り裂くように、明るい光を届けたのが広島カープの初優勝だった。

私たちは子どもながらに、「広島に生まれた人間」であることに自信と感謝が生まれるのを感じた。やればできる!本気でそう思ったのだ。・

先日北海道の方と話していたら、

「北海道民にとってのそれは、駒大苫小牧の甲子園初優勝ですよ。北海道でもできる!って強烈に郷土意識と一体感を感じました。」

とおっしゃっていた。

スポーツの力はすごい!

オリンピック・パラリンピックというまたとないチャンスで、自分たちが何かを成し遂げることができたら!

史上初のボランティア後夜祭を目指す根本的なモチベーションは、あの1975年の赤ヘルがくれたような気がする。

なーんて、まだまだ先は遠い!( ;∀;) 遠すぎる! あ~!

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