Sports Volunteer Festival 2020 in Fukushima ②〜ルーターズの始まりとJヴィレッジ

コロナウイルス

「スポーツボランティア」に関わるようになったのは、2004年だから、もう16年も前のことになる。(時の経つのはなんと早いことでしょ〜^^;)

福島県で開催された全国大会「スポーツマスターズ」の「企画ボランティア」5人のうちのひとりとして参加したのが始まりだ。「企画ボランティア」って全然意味がわからない言葉ですが、ざっくり言うと「ボランティア活動の報告書を書くボランティア」でした。

おかげで、私は県内各地をボランティアの取材に走り回り、ボランティアの声を聞き、それをまとめて「このまま解散してしまうのはもったいない。継続的な活動がしたいと言っている人がたくさんいる。スポーツイベントにスポーツボランティアは必要だ」という報告書を県に提出することとなりました。

普通ならそれで「はい、ありがとう。さようなら。」となるところですが、

県の担当(体育の先生でした)はとても積極的な方で、私達と何度も話し合い(飲み会とも言う)を持ち、「スポーツボランティア継続の組織を作ろう!」と動いてくれました。

そして2005年4月、福島県広域スポーツセンターの一事業として、「うつくしまスポーツルーターズ 」は始まりました。

企画ボランティア5人の中で、たまたま一番ヒマだった私が、事務局として業務に当たることになったのです。

おそらくその当時スポーツボランティアの「組織」は、全国的にも片手で足りるくらいしかなかったと思います。お隣の県の「SV2004」様は、その名の通り、前年に生まれた仲間であり先輩であり、何かと勉強させていただきました。

ところで、その当時のルーターズの活動の中心はというと、

「TEPCOマリーゼ」です。懐かしいですね!

Jヴィレッジをホームとした、東京電力の女子サッカーチームです。ルーターズと同じく、その年からリーグ戦に参加したマリーゼの試合運営のお手伝いは、ルーターズの「基本」でした。今はタレントとして活躍している丸山香里奈さんは選手の一人でした。

福島市からJヴィレッジまでは、同じ県内ながら、車で片道2時間近くかかります。そこに何度も通いました。新しい施設、女子サッカーという目新しさ、スポーツボランティアという新しいスポーツの楽しみ方、何かすごくワクワクを感じて、その遠い道のりも全然苦になりませんでした。

その後の16年の間には、東日本大震災が起き、東京オリンピック・パラリンピックが決まり、そしてコロナで延期になり、といろんなことが起こりました。

それでも、Sports Volunteer Festivalの開催場所を「Jヴィレッジ」とすることは揺らぎません。

いろんな「物語」がある場所だからですが、

私達ルーターズにとっても、まさに「出発点」なのです。

(つづく)

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